私たちが暮らす「社会」は、なぜ存在するのでしょうか? なぜ人は法律に従い、政府の存在を認め、税金を払うのでしょうか。
考えてみてください。もし明日から政府がなくなったら、警察がいなくなったら、法律が無効になったら、世の中はどうなるでしょうかおそらく多くの人は「大変なことになる」と想像するでしょう。でも、なぜでしょうか。
一方で、「自由に生きたい」とか「誰にも縛られたくない」と思うこともあるはずです。学校の校則、親の門限、社会のルール・・・。時には「なんで従わなきゃいけないのか」と疑問に思うこともあるでしょう。
「自由でいたい」けれど「秩序も必要」というような矛盾した気持ちこそが、300年以上前から哲学者たちが真剣に考えてきた問題なのです。
この問いに対するひとつの重要な答えが「社会契約論」です。今回は、「社会契約論」の基本と主要な思想家たちの考えを紹介します。内容は以下の通りです。
[内容]
■なぜ人は政府に従うの?-みんなで決めた「見えない契約」-
■ホッブズ-人間は放っておくと戦争状態!だから強いリーダーが必要-
■ロック-政府も暴走する!国民には革命する権利がある-
■ルソーー文明が人を不幸にした?みんなの意志で真の自由を取り戻そう-
■「無知のヴェール」で理想の学校を作ってみよう
■3人の哲学者が現代に教えてくれること-民主主義の基盤を理解しよう-
■なぜ人は政府に従うの?-みんなで決めた「見えない契約」-
「社会契約論」とは、社会や国家の成り立ちを「契約」という考え方で説明する政治哲学の理論です。簡単に言えば、人々は自分たちの権利や自由の一部を手放す代わりに、安全や秩序を得るために政府と「契約」を結んでいるという考え方です。
この理論では、人間が社会を形成する前の状態、つまり「自然状態」と社会を形成した後の状態を比較します。「自然状態」では人々は完全な自由を持っていますが、同時に不安や危険も存在します。そこで人々は互いに「契約」を結び、一部の権利を譲渡して社会や国家を形成するというわけです。
現実に歴史上で明確な「契約」が交わされたわけではありませんが、この考え方は「なぜ私たちは政府に従うべきなのか」や「正当な政府とはどのようなものか」といった問いを考える上で重要な視点を提供してくれます。
■ホッブス-人間は放っておくと戦争状態!だから強いリーダーが必要-
イギリスの哲学者トマス・ホッブズ(1588年-1679年)は、17世紀のイギリス市民革命という混乱の時代に生きました。彼の代表作『リヴァイアサン』では、人間の「自然状態」を非常に悲観的に描いています。
ホッブズによれば、「自然状態」の人間は「万人の万人に対する闘争」状態にあるといいます。つまり、政府のない状態では、人間は自己保存のために常に争い、その生活は「孤独で、貧しく、不潔で、残忍で、そして短い」ものになるというのです。
こうした悲惨な状態から逃れるために、人々は自分たちの権利を1人の絶対的な統治者に譲渡するという契約を結ぶのだと彼は考えました。ホッブズはこの強大な権力を持つ統治者を「リヴァイアサン」と呼びました。これは『ヘブライ語聖書』(『旧約聖書』)に登場する強力な海の怪物の名前から取ったもので、圧倒的な力を持つ国家権力の象徴です。
ホッブズの理論は絶対主義的な政府を正当化するものでしたが、それは彼が内戦や無秩序状態を何よりも恐れていたからです。
■ロック-政府も暴走する!国民には革命する権利がある-
ホッブズから少し遅れて登場したイギリスの哲学者ジョン・ロック(1632年-1704年)は、より楽観的な見方を示しました。彼の『統治二論』(1689年)では、「自然状態」は戦争状態ではなく、人々がすでに基本的な権利、つまり「生命・自由・財産」を持っているとされます。
ロックによれば、社会契約を結ぶ目的は、すでに持っている権利をより確実に保護するためです。人々は完全な自由を手放すのではなく、権利を守るために必要な限りで権力を政府に委託するのだと考えました。
重要なのは、ロックが「政府には制限があるべきだ」と主張した点です。もし政府が人々の基本的権利を侵害するなら、人々には抵抗や革命の権利があるとロックは考えました。この考え方はアメリカ独立宣言やフランス人権宣言など、近代民主主義の基礎となりました。
■ルソーー文明が人を不幸にした?みんなの意志で真の自由を取り戻そう-
フランスの思想家ルソー(1712年-1778年)は、『人間不平等起源論』と『社会契約論』で独自の「社会契約論」を展開しました。彼の有名な言葉「人間は生まれながらにして自由である。しかしいたるところで鎖につながれている」が示すように、ルソーは既存の社会制度を厳しく批判します。
ルソーによれば、文明社会の発展とともに不平等が生まれ、真の自由が失われていきました。しかし適切な社会契約によって、新たな形の自由を回復できると彼は考えました。
ルソーの理論の中心にあるのが「一般意志」という概念です。これは単なる多数決ではなく、社会全体の共通善を追求する集合的な意志のことです。ルソーは、人々が一般意志に従うことで「市民的自由」が得られると考えました。この考え方は後の民主主義理論に大きな影響を与えましたが、時に全体主義的な解釈もされてきました。
■「無知のヴェール」で理想の学校を作ってみよう
「社会契約論」を理解するための思考実験を紹介します。20世紀の哲学者ジョン・ロールズ(1921年- 2002年)の「無知のヴェール」という考え方です。以下の文章を読んで、次の問題に答えて下さい。
【問題】次の文章を読んで、以下の問題に答えなさい。
あなたの学校では「理想の学校」をゼロから作るプロジェクトが始まりました。クラス全員で新しい学校のルールやしくみを決めることになります。ただし、このプロジェクトには特別なルールがあります。それは「無知のヴェール」という条件の下で考えなければならないことです。
「無知のヴェール」とは、以下のことを意味します:
・あなたはこの新しい学校に入学しますが、自分がどんな立場になるかまったく分かりません
・あなたが勉強の得意な生徒になるか、苦手な生徒になるかは分かりません
・あなたが部活動で活躍できるタイプか、そうでないかは分かりません
・あなたが人気者になるか、クラスで浮いてしまうかも分かりません
・あなたが裕福な家庭の子か、お小遣いやアルバイト代に悩む子になるかも分かりません
・あなたが体調を崩しやすいか、健康的かも分かりません
もしあなたが自分の立場をまったく知らない状態で「理想の学校」のルールを決めるなら、どんな学校にしますか?
【問題①】定期テストの点数だけで評価するのと、普段の提出物や授業態度も評価に含めるのと、どちらがいいか。
【問題②】授業中に質問できない人のために、どんなしくみがあるといいか。
【問題③】学校行事の練習時間と勉強時間のバランスはどう取るべきか。
【問題④】スマホの校内使用ルールはどうあるべきか。
【問題⑤】生徒同士のトラブルを解決する方法として何が公平か。
この問題を考える時のポイントは
・自分が「最も不利な立場」に立ったらどう感じるか想像してみる
・「みんな平等に同じもの」と「それぞれの状況に応じた対応」のどちらが本当の公平か考えてみる
・今の自分の立場や得意なことを忘れて、どんな人にとっても安心できる学校を考えてみる
どんな立場になっても、あなたが「通いたい」と思える学校を考えてみることです。あなたなら、どんなルールを作りますか。
おそらく多くの人は、「学校で不利な立場にある人」つまり最も恵まれない人にも基本的な権利や機会が保障される社会を選ぶでしょう。なぜなら、自分がその立場になる可能性もあるからです。これは「社会契約論」のひとつの考え方と言えます。
この思考実験を通じて、「公平な社会とは何か」「私たちはどんな権利や義務を持つべきか」といった問いを考えることができるのです。
■3人の哲学者が現代に教えてくれること-民主主義の基盤を理解しよう-
「社会契約論」は、単なる歴史上の理論ではありません。現代社会でも、「正当な政府とは何か」や「私たちはなぜ法律に従うべきか」などといった根本的な問いを考える上で重要な視点を提供してくれます。
ホッブズは安全と秩序の重要性を、ロックは基本的権利と制限された政府の必要性を、ルソーは真の民主主義における参加の価値を教えてくれます。これらの考えは、現代の民主主義国家の基盤となっているのです。
みなさんも日常生活の中で「社会のルールはなぜ存在するのか」や「どんな政治制度が望ましいのか」と考えてみてはどうでしょうか。「社会契約論」の視点から現代の諸問題を考えることで、より深い社会理解につながるはずです。【終わり】
【参考文献】